
理事長のことば
潮来こども園の理事長である近藤良のコラム
理解するは愛から
「キリスト教保育」7 月号掲載
近藤 良 ク ラ リ ネ ッ ト 奏 者 / 潮 来 こ ど も 園 理 理 事 長
二十代半ば、私はドイツに留学する機 会が与えられた(留学の経緯は自分史であることから、ここでは割愛させて頂く)。周囲の人とは大きく異なる個性を持っていた私は、ドイツに留学するまでは誤解されないよう努力することにきゅ うきゅうとしていた。ところが不慣れなドイツ語での会話ながら、かの地で生まれて初めて理解される喜びを知ったのだが、私はここで理解や把握、承認につい て論じたいのではない。あのとき私の心の中に芽生えた理解される喜び、即ち愛 されているという実感について語ろうとしている。
話はかわるが、バブル期に日本を訪れたマザー・テレサにメディアが、「この 国の何処に貧困がありますか?」と尋ねたところ次のような答えが返ってきた。「もちろんこの国にも貧困があります、それは空腹を抱えた貧困ではなく、誰にも理解されないという貧困です」。更に「空腹はパンを与えれば解決しますが、理解されない貧困はパンを与えても解決 することはできません」と続けた。
牧師だった義父は「愛とは正しく理解しようとする努力にある」と語っていた。 正しく理解できるのは神さまのみだが、私たちはそこに近づこうとすることはで きる。その努力こそが愛だというのである。私がドイツで理解されたという実感 について語るのは容易ではないが、みんなと違う私の個性が才能として受け入れられ、愛されたのは間違いなかった。そもそもヨーロッパでは「小さな私ではなく、大きなあなたになりなさい」と教わる。個性が尊重されるのは当然と言えるだろう。
理解は一方の努力だけで解決するもの ではないが、僅かな文字数では語り切れず、この先は次回にさせて頂く。
※本稿は、月刊誌『キリスト教保育』掲載原稿を、許可を得て転載しています。